八九六四
曝光
新・未亡人下宿 裏も表もあいてます (1988) Akira Fukamachi
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新・未亡人下宿 裏も表もあいてます (1988) Akira Fukamachi

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極權的傲慢,終會敗於人民的覺醒。

清晰度:
新・未亡人下宿 裏も表もあいてます (1988) Akira Fukamachi

日本の映画史がその底流に抱え込んできた最も野蛮で、最も強靭で、同時に最も哀切な表現形態――ピンク映画という名の迷宮において、私たちは一人の巨大な職人の幻影と常に対峙し続けてきた。深町章、かつて稲尾実、あるいは稲生稔、稲生実とも名乗ったその男の訃報が、ピンク映画の灯火を守り続けてきた池島ゆたかの言葉や、映画館の暗闇を共有してきた人々の沈黙を通じて私たちの元に届いたとき、一つの時代が完全に、修復不可能な形で瓦解したことを確信せざるを得なかった。かつて1970年代の中頃、見習いやサード、あるいは応援助監督として彼と同じ現場の空気を吸った者たちは口を揃えて言う。

当時の彼は、大島渚監督にそっくりな、恰幅の良い、エネルギッシュな巨躯を誇り、現場をその圧倒的な存在感で支配していた、と。しかし、大島渚が国家や社会、あるいは性の政治学に対して「問題作を放つぞ!」と烈火のごとく憤怒を燃やしていたのとは対照的に、稲尾実という男は、その全盛期においてすら、「俺はプログラムピクチャーを受け持つよ」という、どこか世界のすべてを見通し、割り切ったような、一種の凄みをその背中に漂わせていた。

彼にとって映画とは、高尚な芸術の祭壇に捧げられる供物ではなく、毎週毎週、地方の木造館や都市のハッテン場を兼ねた名画座のスクリーンを埋めるために、過酷なルーティンの中で製造されるべき、大衆のための「艶笑コメディ」であり、渇いた喉を潤す「清涼剤」だったのだ。大作一本立てへとシフトし、作家性を大文字で語り始めた1980年前後の日本映画に絶望した映画青年たちが、高橋伴明や渡辺護の描く重くて哀しい青春映画や、緊縛の美学の中に映画の本質を見出していたその傍らで、稲尾実の撮るポルノコメディは、常に圧倒的な土着性と、土の匂いのする土俗的な優しさで観客を包み込んでいた。

地方ロケの美しい田園風景、牧歌的な空気の中に突如として流れる民謡や歌謡曲、それはまるで大衆演劇の舞台がそのままフィルムに焼き付いたかのような、奇妙な多幸感に満ちていた。彼の映画の結末は、どれほど登場人物たちが貧しく、不条理な現実に打ちのめされていようとも、必ず「貧しいけれど明日も頑張ろう」という、涙の向こう側のハッピーエンドへとたどり着く。日活が買い取った伝説の『夜行地手探し』をはじめとする数々の艶笑譚において、彼は映画という嘘を、最も温かい形式で観客に手渡していた。

しかし、1980年代に入り、彼がその名を「深町章」へと改名した頃から、ピンク映画を取り巻く環境の冷え込みと歩調を合わせるように、その作品群にはある種の「雑さ」や、職人としてのルーティンワークがもたらす冷徹な手抜き、あるいは世界のすべてを「なんでもいいから面白くやってよ」という芝居の丸投げで処理していくような、乾いた空気が漂い始める。

その深町章という映画監督が持つ、プログラムピクチャー職人としての圧倒的な娯楽性と、その裏側に張り付いた底なしの「闇」の双方を、これ以上ないほど鮮烈に、そしてグロテスクなまでのエネルギーで結晶化させたモニュメントこそ、1988年に制作された『新・未亡人下宿 裏も表もあいてます』に他ならない。

本作『新・未亡人下宿 裏も表もあいてます』は、かつて山本晋也監督が、ママ役の橘雪子、国士舘大学の尾崎君こと久保新二、野上正義、たこ八郎、港雄一、龍駿介、下元史朗、松浦康、長友達也、楠正通、今泉洋、吉田純、外波山文明といった、今思えば日本のアンダーグラウンド・カルチャーの綺羅星のような怪優たちを総動員して築き上げた、説明不要の伝説的「未亡人下宿」シリーズの、いわば正統なるリブートであり、深町章によるセルフ・リメイクの極北である。

高橋留美子の国民的漫画『めぞん一刻』の世界観にすら、計り知れないほど多大な影響を与えたとされるこの「未亡人下宿」というシチュエーション――清楚で、どこか世間知らずで、しかし圧倒的な包容力を持つ未亡人を巡って、一癖も二癖もある下宿人たちが欲望のドタバタ劇を繰り広げるという黄金の構造は、かつて愛染恭子を主演に据え、タモリ、大竹まこと、所ジョージ、きたろう、なぎら健壱、桜金造、さらには立川談志といった当時のサブカルチャーの帝王たちを配しながらも、内実としてはあまりにもスノッブで退屈な作品に終わってしまったいくつかの失敗作の屍を越えて、深町章の手によって、泥臭い「ピンク映画の原点」へと引き戻されることになる。

もちろん、1988年というバブル経済の狂気が日本中を覆い尽くさんとしていた時代に作られた本作は、前作の山本晋也版が持っていたあの圧倒的な混沌と肉体の迫力に比べれば、どこかパワーダウンしているという印象を拭うことはできない。

しかし、深町章という老練な職人は、そのパワーダウンすらも「バブル前夜の空虚」という時代の空気へと変換し、定番のすき焼きシーンにおける、あの欲望の鍋を囲む人間の浅ましさと愛おしさのアンサンブルや、ホモセクシュアルな女装癖を持つ山本竜二が見せる、あまりにも倒倒錯的で、しかしどこか映画的な奇跡に満ちた童貞喪失シーンの哀愁、そして今は亡きジミー土田の、画面を文字通り物理的に駆動させる肉体的な喜劇役者としての凄まじい大活躍を通じて、前人の牙城に決して負けてはいない独自のエンターテインメントを構築してみせたのである。

物語の舞台となるのは、バブルの狂乱によって土地の価格が1分ごとに跳ね上がっていく東京の片隅。黒沢ひとみが前作『新・未亡人下宿 三食そい寝つき』に続いて、二度目の女将役として神々しいまでの佇まいを見せる未亡人・明子は、亡き夫が遺してくれた古びた木造の建物を下宿として守りながら、細々と生計を立てていた。しかし、そのささやかな桃源郷は、時代の怪物である地上げ屋・園山(池島ゆたかが狂気とユーモアを交えて怪演)の手によって、毎日のように暴力的な立ち退き要求の危機に晒されている。

園山は、単なるヤクザ風の脅しだけでなく、人気女優・橋本杏子が艶やかに演じる狡猾な女地上げ屋・悦子と手を組み、下宿人たちの「性欲」と「承認欲求」をピンポイントで刺激する色仕掛けの移転交渉を開始するのだ。明子の下宿に巣食う、欲望に対してあまりにも従順で、倫理観の希薄なユニークすぎる下宿人たちは、悦子の剥き出しの肉体と、バブルの金が約束する甘い汁に目が眩み、早々に「引っ越し」を宣言してしまう。未亡人・明子は、夫の思い出と共に路頭に迷うという、絶体絶命のピンチを迎えることになる。

この、地上げ屋に脅かされる未亡人下宿という、一見すると当時のニュースワイドショーの三面記事をそのまま持ってきたかのようなプロットの中に、深町章は、秋本ちえみが男勝りのボーイッシュなキャラクターで強烈な怪演を見せる、新しい下宿人・定子という「決定的な異物」を放り込むのである。この定子というキャラクターの存在こそが、本作を単なるありふれたエロコメディの枠から、1988年という時代の精神を痛烈に批評する「アヴァンギャルドなパロディ映画」へと跳躍させる起爆剤となる。

オープニング、地上げ屋たちの暴力的な乱行と、現金の束が画面を飛び交う猥雑なカットの連続は、観客に対して、当時の日本映画界を席巻していた伊丹十三監督のメガヒット作『マルサの女』、あるいはその翌年に公開を控えていた『マルサの女2』のあの冷徹で、かつポップな「経済の戦場」のルックを強烈に意識させる。定子は、度のきついメガネをかけ、少年のような服装で下宿に現れ、他の下宿人たちの乱行や地上げ屋の嫌がらせを、ただじっと冷淡な視線で観察している。

そのボーイッシュなメガネ女の意外な正体が明らかになる鮮やかなラストシーンにおいて、映画はそれまでのエロティシズムの文脈を完全に引っっくり返し、彼女が実は「マルサ(国税局査察部)」の隠密査察官であり、園山と悦子がバブルの裏で暗躍させていた巨額の脱税と、地上げ資金の闇の流れを完全に暴くために潜入していたのだというプロットへと着地する。

この『マルサの女2』の華麗なる、そしてあまりにもタイミングの早いパロディとしての構造は、深町章が「プログラムピクチャーの職人」として、世間の流行や時事ネタをいかに素早く、そして貪欲に自らのポルノの肉体へと融解させていたかという、その恐るべき手際の鮮やかさを証明している。

『トラックSEX野郎』や『痴漢電車 よい子悪い子普通の子』『痴漢電車 インベーダー(秘)大作戦』で彼が見せた、時代の表層をあざ笑うかのような不敵なパロディ精神は、このバブルの絶頂期において、マルサという「国家の犬でありながら、資本主義の裏をかくヒーロー」という記号を、秋本ちえみの肉体を媒介にしてピンク映画の内部へと完全に密輸することに成功したのだ。

そして、その脱税発覚の劇的なカタルシスの直後、明子の下宿を舞台に繰り広げられる「圧巻の全員乱交」のシークエンスは、国家の法も、バブルの金も、地上げの暴力も、すべてが人間の剥き出しの性汁と快楽の乱舞の中に融解していくという、ピンク映画にしか到達し得ないアナーキーなユートピアの現出であり、まさに圧巻の一言に尽きる。

しかし、私たちがこの『新・未亡人下宿 裏も表もあいてます』の放つ痛快な娯楽性と、深町章という名匠の老練な手腕に対して、手放しの賞賛を送り、その冥福を祈るだけで終わるならば、それは映画という表現が持つ、もう一つの「倫理的な深淵」から目を背けることになってしまうだろう。深町章が、その生涯において「なんでもいいから面白くやってよ」と言いながら、ルーティンの中で映画を量産し続けたその職人気質の裏側には、若き表現者たちの才能を冷酷に消費し、使い捨てていくという、古いピンク映画界の歪んだ搾取の構造が、べっとりと張り付いていた。

その決定的な事件、ピンク映画の歴史における「最大の汚点」として語り継がれるべき悲劇こそ、当時わずか23歳という若さで、1990年代末のピンク映画界に文字通り革命をもたらした天才脚本家・武田浩介のシナリオを、深町章が無断で盗用し、自らの監督作品として発表してしまったという「深町章による武田浩介脚本無断盗用事件」に他ならない。武田浩介、1975年生まれ。90年代前半、特に意味もなく月刊『シナリオ』のバックナンバーを片っ端から流し読みしていた熱狂的な映画青年たちの目に、彼の名前は「公募入選」の輝かしい文字と共に飛び込んできた。

当時の受賞の言葉やプロフィールにおいて、彼は「映画館で映画を300本は観た。佐野和宏に決定的な影響を受けた」と熱く語り、自らの魂を映画という表現に完全に捧げることを誓っていた。

本人が後にインターネットの片隅で運営していたブログ(現在は完全に閉鎖され、インターネット・アーカイブのメンテナンスの壁の向こうに消え去ってしまった『OLD FASHION』)によれば、彼は生活のために成人ビデオの現場で過酷な労働に従事し、時には自ら男優としてカメラの前に立ち(しかし精神的なプレッシャーからか、勃ちは非常に悪かったという)、AVのパッケージの裏面に躍る商品説明文を夜通し執筆する過酷なバイトを続けながら、そのわずかな合間を縫って、ピンク映画の未来を塗り替えるためのシナリオを執筆していたのだ。

その若き才能が、田尻裕司という傑出した監督と出会い、1999年2月26日に新東宝の配給によって世に放った奇跡のピンク映画こそ、原題を『ふわふわとベッドの上で』と名付けられながらも、映画会社の創作者の意思を完全に無視した強引な営業方針によって『OLの愛汁 ラブジュース』という、いささか面を食らうほど露骨で猥雑なタイトルを冠されることになった、あの伝説的な作品である。『OLの愛汁 ラブジュース』が1999年の日本映画界にもたらした衝撃は、ピンク映画というジャンルの限界を完全に打ち破るものであった。

こんなタイトルであるにもかかわらず、劇場には普段ピンク映画館に一歩も足を踏み入れることのなかった若い女性客が口コミを頼りに殺到し、一般の映画館で開催されたピンク映画特集や、新宿国際名画座、オークラ劇場といったハッテン場を兼ねた暗闇の空間に、女性客の圧倒的な支持という奇妙な熱狂が渦巻いた。日本映画プロフェッショナル大賞において、ピンク映画としては史上初めての快挙となるインディペンデント部門の賞を獲得し、海外の国際映画祭でも絶賛され、海を越えてのDVD化を果たすなど、その反響は異例という言葉すら生ぬるいものであった。

この映画が達成した最大の革新性とは、それまでのピンク映画において、映画ファンにとって「むしろ邪魔なもの」「早送りしたくなるほど退屈で義務的な贅肉」として常態化していたエロ要素、すなわち濡れ場のあり方を根底から覆した点にある。多くの作家性を追求するピンク映画の監督たちにとって、10分に一度挿入しなければならないセックスシーンは、自分が本当に表現したい「物語」や「思想」を邪魔する義務的な贅肉でしかなく、作り手も冷めきった手つきで、ただ時間を埋めるためだけにカメラを回していた。

しかし、武田浩介の脚本と田尻裕司の演出は、濡れ場をストーリーの肉体そのものとして完全に融合させたのだ。

男がリアルな手つきでコンドームを装着するその日常的な仕草のディテール、三十路を間近に控えたOLのヒロイン(久保田あつみが、デスクトップPCの前で淡々と事務作業をこなす等身大の姿から、OLスーツの魅惑、熟女と呼ぶには若く少女と呼ぶには熟れすぎたその圧倒的な美貌と顔の好みで、後に西谷有可という名で過去作がヤフオクで高値取引されるほどの魅惑を放つ)が、年下の美大生のチャラ男(佐藤幹雄が、部屋のCDを漁りながら「長渕なんて聴いてたらどうしようかと思った」という、文字通り彼自身の生身の世代感を反映したリアルな名セリフを吐き出す)に対してクリームパイを懇願するものの、男が躊躇って彼女の腹の上に白濁した精液を放出してゆく、あのいちいち凝り固まった性のディテール。

それらはすべて、登場人物たちの間にある、肉体関係だけではどうしても埋めることのできない決定的な世代間のズレ、埋めようのないコミュニケーションの絶望を、自然的にバーニングしていくための、なくてはならない「言葉」として機能していた。飯岡聖英による素晴らしい撮影は、阪神大震災やオウム真理教事件を経て、ノストラダムスの終末予言を間近に控えた1999年という、あの暗く、ひんやりとした世紀末の空気感と、東京という都市生活者が抱える底なしの孤独を見事に捉え切っていた。

特に、浴室の狭い空間で二人の肉体に降り注ぐシャワーシーンの光と水の描写は、巨匠テレンス・マリックの映画のワンシーンを引き合いに出したとしても、決して褒めすぎではないほどの、二度と撮影不可能な奇跡的な美しさを湛えていた。映画のラスト、ノンクレジットでありながらメガネを外した姿で男優として静かに泥を添える今岡信治監督の存在に至るまで、この映画は完璧な調和の中にあった。

映画の終盤、女が男を階段から突き落とすという、荒井晴彦が自らの主宰する雑誌『争議あり』において「良い監督と出会ったな」と最大級の賛辞を贈った、脚本にはなく田尻監督が現場で付け加えたというあの決定的な場面。荒井晴彦自身、かつて『EIGA NO TOMO』に掲載されていたロマンポルノのシナリオでシコっていたというムサいおっさんであるが、その荒井をも唸らせた若き二人の才能の激突は、ピンク映画のシナリオとして史上初めて『年鑑代表シナリオ集』の一番最初に収録されるという、前代未聞の栄誉へと繋がっていく。

メインストリームのテレビの世界から「月9の脚本を書いてくれ」というオファーが殺到した際も、武田浩介は「俺にはピンクがあるから」と、そのすべての甘い誘惑を断固として拒絶した。彼にとってピンク映画とは、差別的な目で見られるべき日陰の存在ではなく、エロという体裁さえ守れば何をやっても許される、世界で最も自由な「映画の聖域」であったのだ。

だが、その武田浩介がピンク映画という聖域に抱いていた純粋な信仰を、その傲慢な職人としての特権意識によって完膚なきまでに踏みにじり、彼を小劇場の世界や、図書館員としての静かな生活(後に脚本家・高木登のコネによって『さんかれあ』や『桜Trick』といったアニメの脚本を手掛けることになるものの、15年前のブログで子供が生まれたことを最後に消息を絶つことになる)へと隠遁させてしまう決定的な原因を作ったのが、他ならぬ深町章であった。武田浩介が映画界の未来を信じて執筆し、結果としてボツになったと告げられていた大切な脚本の数々。

深町章は、その若者の血と汗の結晶であるシナリオを、ギャラを一切支払うことなく、著作権の網の目をすり抜けるようにして、何食わぬ顔で自らの監督作品として勝手に映像化していたのだ。後年、この事実を知った武田が激怒し、然るべき著作権関連の組織に泣き寝入りすることなく相談したものの、当時ボツにされたショックから手元の原稿や証拠となる現物をすべて破棄してしまっていたため、法的な対抗措置を執ることは不可能であった。深町章の悪行はそれだけに留まらない。

映画の資料として、武田に対して頼み込んで購入させた高価な映画本を、「やっぱりこれ使えないから」という一言で突き返し、その本代すらも支払うことを拒否した。さらに、若き武田が『OLの愛汁 ラブジュース』によって映画界の寵児となったことに激しい嫉妬を燃やし、ピンク映画界の仲間内の飲み会の席において、本人が目の前にいるのを知りながら、その作品と人格を激しく、陰湿にディスり倒したという。

このあまりにも醜悪な老害としての振る舞い、若き才能の搾取の構図は、新東宝がピンク映画の制作から完全に撤退する2010年まで、何事もなかったかのように彼が監督ギルドの重鎮として君臨し続けたという事実と共に、映画史の闇として記憶されなければならない。

日本映画専門チャンネルの「おとなの桃色シネマ白書」という、2022年9月以降、深夜帯のブラウン管を独占し、視聴者からの凄まじいクレームの嵐の末に今年の9月を最後にひっそりと放送を終了したあの特集枠において、その盗作問題の渦中にある『小説家の情事 不貞の快楽』が美しいHD画質で放送された際も、画面に躍る脚本のクレジットは、武田浩介の名ではなく、簒奪者である「深町章」の文字のままであった。この搾取の構造、そして作品を巡る「権利」の冷酷な壁は、奇しくも『OLの愛汁 ラブジュース』という作品そのものの運命をも、歪んだ形で規定していくことになる。

私たちがかつて、今は亡き新宿国際劇場や、浅井隆率いるアップリンク・ファクトリーの暗闇、あるいはラピュタ阿佐谷での最終フィルム上映において目撃した『OLの愛汁 ラブジュース』のオープニングタイトルバックには、当時の都市を生きる若者たちの血を逆流させるような、椎名林檎の「ここでキスして。」という圧倒的な名曲が鳴り響いていた。

田尻裕司監督が後に『PG』99号のインタビューで語ったところによれば、事前に所属事務所や関係者からは口頭でOKをもらっていたにもかかわらず、上映直前になって「ピンク映画という低俗なジャンルだから」という理由で、一方的に使用許諾がNGにされたのだという。「ピンク映画だからダメってどういうことだ!」と映画の尊厳を傷つけられた田尻監督は激怒し、あえてそのままフィルムにその楽曲を焼き付けて上映を強行した。

石動三六がその著書『アウトサイダーのまなざし』で指摘したように、本来の劇伴で某有名アーティストの楽曲が流れるのは、その違法性と表現の野生が奇跡的に同居していた「フィルム上映限定」の神話であり、あの新宿国際劇場の小便臭い座席で、この映画のためだけに書き下ろされたのではないかと錯覚するほど映像とマッチした「ここでキスして。」を聴いた瞬間、私たちの皮膚には鳥肌が勃ち、映画という表現が持つ暴力的な美しさに涙した。

しかし、2002年4月26日にアップリンクの「NIPPON EROTICS」レーベルから初DVD化された際も、あるいはエアフィールド社から『はたらくお姉様 アフター5は我慢できない』という、武田浩介に対してビデオ印税を1円も支払わないための映画会社の勝手極まりない最悪の改題を施されてVHS化された際も、さらには2022年9月に日本映画専門チャンネルで全世界待望のHD版が初放送された際にも、あの椎名林檎の歌声は完全に剥ぎ取られ、ドビュッシーという、いやらしい名前のクラシック作曲家が作った「月の光」の、冷たく静謐なピアノの旋律へと差し替えられていた。

もちろん、ドビュッシーの「月の光」がもたらす、あの都市の夜の静けさと孤独のルックも、決して悪い選択ではない。しかし、それは本来の、1999年の終末を生きる若者たちの剥き出しのパッションが刻まれたオリジナルとは異なる、去勢された複製物でしかないのだ。タイトルバックの楽曲が差し替えられたDVDの画質は、今の目で見ずとも当時の基準ですら目も当てられないほど粗悪なテレシネであり、Amazonでは中古の在庫すら完全に枯渇し、ヤフオクに出品されれば15,500円という異常な高値を叩き出す幻のアイテムと化している。

現在、唯一のフィルム原版は、ラピュタ阿佐谷での上映を最後に、国立映画アーカイブの地下深く、あの『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』のラストシーンに登場する巨大な倉庫のように、誰も関知することのできない暗黒の底へと死蔵され、永遠に陽の目を浴びない状態にある。

私たちは、その失われたオリジナルの衝撃を、せめて記憶の中だけでも再現しようと、オープニングのタイミングを細かく調整し、にっかつロマンポルノの『母娘監禁・牝』のエンディングにおいて荒井晴彦の脚本と斉藤水丸の演出の果てに流れた荒井由実の「ひこうき雲」のあの切なさと同じように、映像と音楽の幸福な、しかし許されない結婚の瞬間を、インターネットの片隅で手作業で再現し続けるしかないのだ。

現在、プラットフォームの傲慢によってAmazon Primeの『日本映画NET』からもいつの間にか姿を消し、楽天TVという、これっぽっちも金を落としたくない企業の配信サイトでしか観ることのできない、あるいはGoogleの動画検索でタイトルの襞を打ち込み、上から3番目あたりに表示される海外の海賊版エロ動画サイトの57分間のランタイムの中にしか生き残っていない『OLの愛汁 ラブジュース』。しかし、その不遇な運命の出発点には、常に深町章という古い職人が体現していた、ピンク映画界の「傲慢と搾取」という暗い影が、重くのしかかっていたことを忘れてはならない。

話を再び、1988年の『新・未亡人下宿 裏も表もあいてます』へと戻そう。この映画を支配している圧倒的な娯楽性と、その裏側にある武田浩介脚本盗用事件という闇。これらは、深町章という一人の男の内部において、矛盾することなく同居していた、プログラムピクチャーの「表と裏」に他ならない。

彼にとって、映画とは他人の脚本であろうが、時代の流行歌であろうが、他人のヒット映画のプロットであろうが、すべてを自らの都合の良いように解体し、10分に一度のセックスシーンというピンク映画の強固な枠組みの中に放り込んで、最終的には「貧しいけれど明日も頑張ろう」というハッピーエンドへと強引に軟着陸させるための、ただそれだけの「作業」だったのだ。

快楽亭ブラックが「あっしの人生の大恩人だ」と慕い、憧れの女優・川口朱里との共演を叶えさせ、撮影中に彼女を口説き倒して結婚するきっかけを作ってくれたと語るような、あの現場における豪快で、運に恵まれた人情味あふれる「稲尾実」としての顔。その一方で、芝居に対しては「なんでもいいから面白くやってよ」とだけ言い放ち、独自の艶笑コメディの形式を淡々と、冷酷に回し続けた「深町章」としての顔。私たちは、その両者を切り離して語ることはできない。

『新・未亡人下宿 裏も表もあいてます』のラストシーンにおいて、秋本ちえみ演じる定子がメガネを輝かせながら「マルサの女」としての正体を現し、バブルの悪徳を暴き立てるあの瞬間、映画は一瞬だけ、国家の規律や正義という大文字のモラルに回収されそうになる。しかし、深町章はその正義のプロットすらも、次の瞬間に展開される圧倒的な全員乱交の肉体のスペクタクルによって、木っ端微塵に粉砕してしまうのだ。そこでは、地上げ屋も、未亡人も、マルサも、すべての社会的肩書や衣服を剥ぎ取られ、ただ一つの巨大な「生への渇望」と「性汁の海」の中で等しく溺れていく。

この、あらゆる価値観を無効化し、すべてをエロティシズムの濁流の中に押し流していくアナーキズムこそが、彼が「稲尾実」の時代から守り続けてきた、ピンク映画というジャンルが持つ本質的な「自由」であった。古いピンク映画を観ることは、その倫理的な問題や、映像の粗雑さも含めて、現代の私たちにとっては肉体的にも精神的にも非常に「しんどい」作業である。

しかし、そのしんどさの向こう側にしか存在しない、映画がまだ世界のすべてを「嘘(フィクション)」として肯定し、観客に対して「お前たちの生きている現実は、一皮剥けばこんなにもくだらなく、そしてこんなにも愛おしいポルノグラフィなのだ」と突きつけてくる、あの老練な職人の凄み。深町章が黄泉の国へと旅立ち、シネロマンの暗闇に彼の新作がかかることが二度となくなった現代において、私たちが本作を振り返るとき、そこにはバブル前夜の狂気と、マルサの女のパロディ、そして山本晋也らが築いた未亡人下宿の伝統が、奇妙なバランスで踊り続けている。

彼は、良い意味でも悪い意味でも、映画を「神聖化」しなかった。映画をただの消耗品として、しかし観客の喉を潤す確実な清涼剤として撮り続けたその割り切った凄みは、若き才能を傷つける刃となった一方で、数え切れないほどの中高年男性や、人生のミドルエイジクライシスに直面して映画館の座席に身を潜めていた孤独な人々の魂を、確かに救い続けてきたのだ。私たちは、彼の犯した罪を忘れてはならないと同時に、彼がフィルムに焼き付けた、あのすき焼きの鍋から立ち上る湯気のような、貧しくも温かい人間の営みへの、底なしの肯定感を、全否定することはできない。

『新・未亡人下宿 裏も表もあいてます』。それは、日本映画が産み落とした最も野蛮で、最も美しいプログラムピクチャーの、最後の残り火が放った、目眩のするような爆裂の記録なのである。私たちはその暗闇の終幕ののち、静かにこう呟くしかないのだ。「ああ、やっぱり私は、この映画に出逢えて、ついているのかもしれない」と。OLD FASHION: 公開処刑!~深町章とかいうピンク映画監督~

2005.10.08公開処刑!~深町章とかいうピンク映画監督~今回はちょっと個人攻撃入って殺伐としているし、ちと重い話も出てくるので、そうゆうのが嫌いな方は読まないで下さい。というわけで、まずはこれ。↓http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/data/2005/050910/mitsu.htmこのピンク映画さぁ、「人妻 あふれる蜜ツボ」?この作品、人妻出てこないんだけど。強いて言うなら「未亡人 あふれる蜜ツボ」じゃないの?・・・ま、いいや。で、これさ、どー考えても、これの脚本書いたの「俺」なんですけど。

でもって別に「深町章」なんて、俺のペンネームでも何でもないんですけど。・・・オイオイオイオイ、コイツもいわゆる「あっち系」ですか?!フリーメーソンだの電磁波だの陰謀論だの。そのうちもっと妄想広げてきて「大和民族のアルバムの曲は全部俺が作ったんだ」なんて言い出すんじゃねえの?怖いコワイ、近寄るのよそ・・・いや、いや、ちょっと待って。俺マジ普通だから。確かに通常より多めに頭に血が上っているけど。でもそれも、「このカルピスちょっと濃すぎ~」なんて軽く笑って言える程度の濃度だから。

で、そんなセリフの飛び交う3時のおやつ並みにゆったりとした平常心も、ちゃんとキープしてるから。上に貼ったリンク先を読んでいくと、登場人物のところに「大田光男」なんて役名がある。これは当時爆笑問題のラジオを毎週聴いていたので、そっから取った。てゆうか爆笑問題、最近全然興味なくなっちゃったなぁ。この頃は出る本とかもしっかりチェックしてたのに・・・。

ま、そんなことはともかく、この「人妻 あふれる蜜ツボ」、あらすじを読む限りところどころ小直ししているみたいだが、これは俺・武田浩介が23,4歳のころに、太宰治の戯曲「冬の花火」・「春の枯葉」に「朝」・「メリイクリスマス」といった短編小説をミックスして、川柳川柳の落語「ガーコン」なんかも混ぜて、書いた脚本だ。・・・何ソレ?結局パクってんの?それをパクられてキレてんの?自業自得じゃね?幾らここがお前専用の便所落書き場とはいえ、少しは人としての謹み持てよ・・・。謹み?確かに無いなぁ。ちゅうか、他にもイロイロパクってきましたよ。引用?サンプリング?オマージュ?

まあ、そんなもん。あちこちから借用、してきました。ははははは。何だよ結局自己肯定?まあね。ここではね。こいつの前では俺、徹底して自分大好き人間になるよ。あのね、人間ってのは(てのがハナシ広げ過ぎなら少なくとも俺は)「自分なんかより好きな存在」ってゆうのがいて、「その存在が大切に思える」からこそ、生きていけるものなのだ。でも、こいつ・深町章の前では、俺は徹底した「自分大好き」を曝け出す。こんなヤツばかりがいる世界・日常だったら、臆面なく「自分が一番好き!」と言い切る。で、そんな自分に嫌気がさして、とっくに死んで、この世におさらばしてやる。でも、何だろうね?

そんなんで「物書きズラ」していた昔の俺。タイムマシンがあったらマジ殴りに行ってやりたい。いま、俺の中に「物書きの良心」とやらは、一切ない。そんなもん、とっくの昔に捨て去った。・・・じゃあ、何?何でキレたのか、話してみ。うす。あのね、ピンク映画の脚本料は、1本約10万なの。・・・安ッ。うっせえ。ほっとけ。でね、そんでもって、作品がCSで放送されたりVIDEO/DVDになった場合は、脚本を書いた人間にはそれ相応の印税が入るんですよ。・・・金?か・ね、なの?結局それかよ。そうよ。いやだってさ、小泉竹中ラインが推し進める希望格差社会の最末端で生きる俺だもん。

10万(とその後のプラスアルファ)っていや、大きいでしょ。ハナから無い金、もしくは「ひょっとしたら貰えたかもしれない」とかいうレベルの金じゃないんだから。その俺の金の分でヘラヘラ酒呑んで他人の噂話に華咲かせているヤツらがいるというのがまた、「そうゆうもんさ、世の中は」とか軽く言えるような勝ち組でない俺には、気持ち悪くってしょうがない。確か深町章、本名稲尾実だっけか?こいつ、深大寺だかに一軒家持っていたと記憶しているけど、維持費とかもイロイロ大変なのだろう。一人娘がいたと思うが、学費その他、出費もかさむのだろう。でもな、お前も還暦過ぎてんだろ?

しっかり貯金しとかなかったのか?情けなくならないのか?こんなコトやってさ・・・。お前はベテラン気取りだが、結局ぬるま湯にずっと浸かっていたら、タマタマ自分が年長者になっていたってだけだろう?お前が浸かっている「ぬるま湯」な、お前にとっちゃいい湯加減かもしれないが、お前の長年の垢がプカプカ浮いて、ハタから見るととっても気持ち悪いことになっていたぞ。その頃、20代前半の俺はアダルトビデオの制作だとか男優(勃ち率悪かったけど・・・泣)だとかをやっていて、そんな流れでAVやピンク映画の脚本を書いたりしていた。

そんなわけで深町章とも事故みたいに知り合い、何本かの脚本を書いた。で、深町章、「映画の参考になるから」とか言って俺に本買わせて、読んでから「やっぱ使えねえ」とか言ってその本代を払わなかったり、俺の書いた映画が何かちょっと評判よかったりするとそれが気に入らないらしく手下従えて一方的に罵倒かましてきたり、色々とお茶目な真似をしてくれた。ま、結局20代前半の若造の俺が脚本を書いているというのが、内心気に入らなかったのだろう。20代は下積みで浪費して苦節ウン十年でようやくデビュー!

みたいな、そうゆうわかり易い物語がイヤで、あえて距離を置くような言動をとっていたので、確かに当時、俺は周りからよく嫌われていた。でも、自分が脚本を書いてそれを撮る監督だけは味方になってくれる。そう無邪気に信じてもいた。TVの仕事が来ても「ピンク映画の仕事があるので」と断った。馬鹿正直、というか、ただの世間知らずだった。深町章のお茶目な振る舞い。これはもうホント色々あった。今回の「人妻 あふれる蜜ツボ」に関して言えば、俺が書いたこの脚本を、一度じゃなく、何度も俺に「こんなホン(←脚本のこと指す業界用語)撮らねえ!」とハッキリ宣言していた。

「今度これ撮るから」。そういったかと思うと、「やっぱ嫌になったから撮らない」。こんなことが何度もあった。こっちからすれば一度駄目と言われれば「ああ、駄目なのね」と諦めるしかない。で、未練残しながらも、忘却の彼方に無理やり捨て去る・・・ように頑張る。ま、脚本家なんて今のご時世、そんなもんだ。それを「やっぱ撮るよ」と言われれば、それなりに期待する。で、「やっぱ撮らねえ」。もう何なのよ?!て感じで疲れ切って、全てが嫌になる。それを、関係も切れてほとぼり冷めた頃にコソコソ映画にして、脚本家として得る収入を独り占めって、お茶目にしても、やり過ぎだろうよ。

結局、俺がキレるの待ってたんじゃないのか?そうすれば、脚本料を「クソ生意気な若造」に払うこともない。長年のカントク生活で身につけた節約術ってか?さもしいな。え?何々?・・・それがカツドウ屋?そうゆう気難しさが職人の証?ま、自分が被害に遭ってない奴は何とでも言えるわな。特に「自分にも何かあると漠然と思って何かをやりたいと口だけでは言い続けているけど結局何も出来ず、そのルサンチマンを発散させたくてウズウズしているようなヤツ」は。とまあ、こんな感じでウダウダ書いていても、この「人妻 あふれる蜜ツボ」なる映画の脚本を俺が書いたと証明できる証拠は、何一つもない。

・・・何だよそれ。駄目じゃん。“公開処刑”?結局処刑されんのお前じゃん?タイトル“公開自殺”に変えろよ・・・。いやね、俺、昔書いていた脚本、全部棄てちゃってんだよ。でもね、頭の中の記憶ってのは棄てても棄てても、残るんだよ。初期衝動だけで書いてっから、律儀に署名なんて残さないわな。アメリカ人張りのビジネスライクな冷静さ、分かっちゃいたけど身につかない。・・・て、自分の純粋さをアピールしてるみたいで気持ち悪いな。うん、俺の場合はただ気が弱いだけ。純粋とは程遠い汚れ野郎だ。数年前、こんな映画があった。

↓https://web.archive.org/web/20160731133416/http://www2u.biglobe.ne.jp/~p-g/data/2005/050910/mitsu.htmあらすじ読むとチョコチョコ小直ししてるけど、これも、俺が書いたブツ。で、深町章、「こんなモン、撮らねえ」。俺の前でそうはっきり宣言した。なのに、忘れた頃にコソコソ、撮った。アタマきて著作権センターに電話した。もう訴訟する勢いで。

でも、こうゆうのって俺が書いたという明確な証拠、つまり映画制作より以前に俺の署名入りの原稿みたいなモンが存在したという証拠がないと駄目なんだって。向こうの人に、そう言われた。確かにそうだよね。ハッキリした証拠が無きゃホントただのデンパ野郎だもん。で、この作品に関しては、こんなことを暢気に書いてるヤツがいた。↓https://www.ne.jp/asahi/hp/mastervision/archive2003p.html#shousetsuka映画たくさん観てるぽいけど、こいつ、本気で「深町章による自筆脚本」だと思ったのか?

普通に映画観てりゃ分かると思うんだけどな。普段の「深町章の自筆脚本」とはテイスト違うって。何かもうホント、目の前のものを何の疑いもなく等身大に原寸大に受け入れてそれでOKな幸せ者なんだな。「知らなえよ。面白い映画観れればそれでいいよ」。ハイハイ。ルサンチマン交じりの「世の中そうゆうモンだぜ」物言いね。ハイハイ。俺の書いた脚本なんてとっくに棄てていると思っていたのに、コソコソ持ち出されて。金はしっかり独り占め。

それ以降、またこんな事があると嫌だなぁ・・・なんて思いながら、忘れりゃいいじゃんと思いながらも、どうしても拭えない不快感と共に、「そっち業界」の定点観測を続けていた。自分の書いた脚本に未練なんかない。正直、撮らないで欲しい。撮らないで貰うためなら、俺はこの頭だって下げてやる。千円くらいなら、あげたっていいぜ。でも、そんな俺の願いも虚しく、今回の事態と相成った。いやはや、とっくにあっちの世界から「消えた」俺の作品が次々出てくるなんて、俺は2PACか?最近はこんなのまで出ていた。

↓http://www.bryce-v.com/j_detail/j007.html「いま注目~」てもう6年前の映画だし。前世紀だぞコラ。6年つったらヨチヨチ歩きの赤ちゃんが立派に二の足で歩いて生意気な言葉の一つも吐くようになるぜ。

ディープキスもしたことなかった処女がフェラチオもアナル舐めも上手にこなすようになって中出しも口内発射も潮吹きもされてその合間に手首3回も4回も切って挙句窓から飛び降りて死んじゃうくらいの、又は年間500本くらいの映画を映画館で観ていたニートでオタクのガキが一般人の末席、最末端にでも身を置いて初対面の人間に「スポーツやってたんですよね?」なんて当然のように訊かれる人間に成長できるくらいの、時間なんだよ。6年ってのは。笑っちゃうけどさ。あと何より、俺の名前なんかに宣伝効果ねえだろよ。

でもって、「今一番注目されている武田浩介」さんには何の断りもなく勝手に出してるんだから。少しは宣伝材料、大事に扱えよ全く。むかし出たVHS版も、結局印税はバックレでございますか?バディマン・キラーになっちゃうぞ。ちなみにこの映画の監督サンには、「こんな映画、しょせん闇に消える運命なんだよ」なんて言われた。おいおいアンタこの映画の監督だろ・・・なんて俺に突っ込む隙も与えない、そんな勢いで。でも、闇に消えねえじゃん。映像文化の最下層の片隅の片隅の、そのまた片隅だけど、一応甦ってんじゃん。

このDVDを売ってるサイト、結構あるんだけど宣伝文句がどこも同じで情けない。もう1ミリ足らずもアタマ使ってないのがミエミエ。ま、こんな映画にアタマ使うなんて勿体ねえ・・・て思ってんのかな。そりゃそうか。あーつうかもう、いちいちこんな自虐を書いてしまう自分自身に腹が立つ。てか実は俺、昔ネットでDVD販売やってるサイトの作品紹介文をバイトで書いたことがあるんだけど、このテのヤツってホントいい加減よ。

俺なんて世間知らずの純粋真っ直ぐ野郎だから、一つの作品書くのに映画雑誌やら書籍やら、果てはその作品のシナリオまで脇に置いて書いたりしたけど、結局アレだもん、「別のサイトからコピーしてくりゃいいんだよ」なんて言われて、プシューと空気が抜けたみたいに、脱力してしまいました。てな感じで、若き日の過ち、にしては代償が高すぎた。もうセコイと思われても構わない。数十万を、腐ったドブ川に捨ててしまったんだから・・・。まあ結局、負け犬の遠吠えですわな。金を掴むのはタイヘンなのだ。やっぱ処刑されんのは、まず俺か・・・。ひ~。でも、「勝ち方」が分からない。

で、俗に言うロクな死に方も分からない。・・・てか金のハナシばっかすんなよ。そうゆうの嫌われっぞ。世の中にはタダでもいいから脚本書きたいとか言うヤツ一杯いるでしょ。てか実際口車に乗せられてタダで書いてるヤツ、いるし。金貰わないのが美徳、みたいな空気だってあるんだから。まーねー・・・。いや、そっち系(プライド系)に関しては、俺は結果から逃げて「まだまだやりたい事はある」だの「頑張ってる」だの声高に主張するほどの厚顔さを持ち合わせていないのだ。キモいじゃんよ、何も行動しないで口だけの前向き発言して自分の「地位」を必死にキープしようとする映画人や物書き。

さらには自称表現者にワナビー諸君。邦画業界的にいえば、「長谷川和彦病」患者。今宵もどこぞの飲み屋で発生中。・・・と、こっから先。最初に書いた文書が上の段落と矛盾するみたいなんで、以下、書き直し(20051018)。いまの自分は、一応「好きなもの」を持っていて、今んとこはそれを嫌いになりそうにない。それってある意味幸せ、俺にとっては身の丈サイズの幸せなんだと、思うことにしている。こいつ等とは違う世界で、好きに生きてくだけだ。・・・なんて、前向き系発言で締めていいのか?何かちょっとやらしくないか?

でもな、「文句を言う」とか「闘う」とか、もっと言えば「相手のリアクションを見る」。そんなのでも俺は不快なのだ。深町章やその周囲の連中に「武田浩介」という存在がインプットされているというだけで、俺は全身鳥肌涙目オーマイゴッド。ネガティブの奥底まで堕ちて、結果、それがあんまり自分的にフィットする状況ではないと知ってしまった現在は、ワザとらしい前向き発言くらいしか締めのコトバが思いつかないのだ。でも、・・・やっぱ惜しいな、数十万。て、しつけえよ!!投稿日

2005.10.08 in アート・文化, 映画 | リンク用URLコメント久しぶり。死ぬまでしていたい何かって、何?投稿 alan38c | 2005年10月 9日 午前 12時05分どもども。したいこと?大雑把に言えば、「見てきたモノを記し残しておくこと」、だよ。ここみたいな雑文形式もそうだし、それ以外のカタチでも。上にも書いたようになかなか思うようにはいきませんが・・・。あとは、美味しいカレーと天丼を食べ尽くすこと、です。投稿 たけだ | 2005年10月 9日 午前 01時59分なるほど納得。

そして"美味しいカレー"は私も食べつくしたいものだわ~。投稿 alan38c | 2005年10月11日 午後 08時16分うん、ま、そんな感じ。カレーな。何だかんだで神田のクラウンエース(安い旨い早いなスタンドカレー屋さん)の「鳥ささみカツカレー」が最近のお気にな俺ではありますが。あ~明日の昼食は新宿でカレーバイキングを食べよっと。投稿 たけだ | 2005年10月12日 午前 01時11分元気だったのか!?パソコンと携帯水没で、そっちの連絡先がわからなくなってたもんで、良かったらメールください。

投稿 樫原 | 2005年12月12日 午前 03時18分あ、どうも。がんばってますか?別に元気ってわけでもないっすよ。調子悪くて当たり前♪こっちも、「水没」しちゃったです。でもしかし、見てるもんですねぇ。。。投稿 たけだ | 2005年12月13日 午前 12時51分

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